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【海外】古くから伝わる助け合いの風習「サダカの石」の精神 コロナ禍により再び復活―トルコ[09/08]

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2020年12月01日 14時56分 時点
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逢いみての… ★ 2020/09/08(火) 01:26:37 ID: https://livedoor.blogimg.jp/karapaia_zaeega/imgs/5/4/54f29092.jpg
トルコに伝わる助け合いの風習「サダカの石」がコロナで復活

 新型コロナウイルスによるパンデミックは世界各国の日常をことごとく変えていった。トルコも例外ではない。商店街はドアを閉ざし、経済活動もストップ。人々の生活が困窮するのは目に見えていた。

 だがトルコには古くから伝わる助け合いの風習がある。街のいたるところに設置されている「サダカの石」は、石にあけられた穴の中に、金銭的に余裕のある人が、お金を置いていき、困っている人がそのお金をもらっていくためのものだ。

 この助け合いの精神が、今、再び復活の兆しを見せているという。

 イスタンブール北部にあるデデマン・モスク。いつもなら金曜日には、集団礼拝に訪れる人たちのたくさんの靴が並ぶ。彼らはここで靴を脱いでから、大切なイスラムの祈りを捧げるために建物の中に入るのだ。

 今年3月半ば、トルコ政府はコロナの感染拡大を止めるため、集団礼拝を中止。大量の靴が並ぶこともなくなった。若きイマーム(礼拝の指導者)であるアブドゥルサメット・チャキール氏は、地域の人たちが困窮することがわかっていた。

「モスクが閉鎖されたとき、靴箱のラックを庭に引きずり出してきれいにし、そこに買ってきた食料品や生活雑貨品などを置きました」チャキール氏は語る。「困っているのではないかと思われる近所の人に声をかけて、好きなものを自由に持って行ってもらったのです」

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アブロゥルサメット・チャキール氏と、デデマン・モスクに設置された臨時フードバンク

 チャキールのこの行為のことは、たちまち広まり、困窮している人が集まってきた。国中の寄贈者やマスコミ、海外からも注目が集まった。

 だが、コロナ禍の最中に始まったように思われるこの助け合いのアイデアは、実はトルコでは昔からの伝統だった。彼らには、サダカの石(サダカ・タシュ)と呼ばれる助け合いの精神が根付いていたのだ。

 「サダカ」とは個人が善意で行う喜捨を指す言葉である。サダカの石は、石でできた穴や柱で、金銭的にまだ余裕のある人がそこにお金を置いていき、困っている人はそのお金をいただいていくためのものだ。

 自分に余裕があるときはお金を入れ、余裕のない時はお金をもらう互助の精神により成り立っている。

 サダカの風習がいつ始まったのかははっきりしないが、1300年頃、アナトリア(現在のトルコ)に起こったオスマントルコ時代にさかのぼるのではないかと言われている。

 オスマントルコは、その後勢力の大きな帝国へと発展し、第一次大戦後に崩壊した。こうした「サダカの石」はエルサレム、チュニス、オフリトなど、かつてオスマントルコ帝国だった場所で見られる。

 オスマントルコ人は、石を効果的に使う才能があったようだ。馬に乗る時の踏み台にしたベニク・タシュ、運搬人が重たい積み荷を一時的に置いて休むためのハマル・タシュ、落とし物をさりげなく置いておくための壁龕、イティッキ・タシュなど、困っている人を助けるためのさまざまなタイプの石が記録に残っている。

続く

以下ソース
http://karapaia.com/archives/52294383.html

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逢いみての… ★ 2020/09/08(火) 01:26:58 ID:  イスタンブールには一時期、少なくとも160の「サダカの石」があったと言われているが、今日では見つけるのは容易ではない。

 残っているものは、歩道に沈み込んだ切り株のようになっていて、長年の風雨にさらされてかなりすり減っている。

 そのほかにも色を塗られてしまったり、脇に追いやられて灰皿代わりに使われたり、新たな工事で埋め立てられてしまったり、完全に取り除かれてしまっている場合も多い。

 文化史研究者のニダイ・セヴィーム氏は、2000年代半ばになるまで、「サダカの石」について聞いたことがなかったという。

 イスタンブールのエユップ地区にある繊細に装飾された墓石を研究していたときに、たまたま「サダカの石」に巡り合った。「墓石のトップにくぼみがあるなんて、変わっていたので、いっぺんで目を惹かれました」

 その石に刻まれていたわずかな文字から、高さ90センチから1.8メートルのなんの飾り気もないこの石柱が、かつてはモスクの中庭や墓地の入り口、橋のたもと、町の噴水のそばなど、あちこちに建てられていたことがわかった。

 「サダカの石は、石の上の穴まで手を伸ばさなくてはならないように、わざとこの高さにしてあるのです。それは、その人が石の中にお金を入れたのか、お金を取ったのか、外からはわからないようにするためです」イスタンブールのコチ大学で、トルコにおける博愛主義を研究するアリ・チャルコグル教授は言う。

 こうした匿名性は、慈善行為が貧しい人の尊厳を保ち、富める人が必要以上に高慢にならないようにする、イスラム教の教えを反映している。

 セヴィーム氏はこうした「サダカの石」の痕跡を追い求めて、イスタンブールじゅうを歩き回った。その結果、30の「サダカの石」もしくはその名残を確認し、いつの年代のものなのかも含め、まとめて著作にした。2009年にこの本が初めて刊行されて以来、都市開発のせいで、さらにいくつかの石が失われたという。

 「これはとても大切な文化で、宝といっていいほどですが、残念ながら、ほとんど忘れ去られているのが現状で、姿を消しつつあります」トルコや海外で人道支援プロジェクトを行う慈善団体 サダカ・タシュウダーニーの代表、ケマル・エツダル氏は語る。

 前述のチャキール氏のフードバンクのように、今日のサダカ・タシュの概念は、形こそ違え、とくにこのコロナ禍の中、現代社会に合うよう進化をし続けている、新たな重要性があるといえよう。

 トルコの労働人口のおよそ3分の1にあたる800万人は、社会保障制度から外れた日雇い労働者がほとんどだ。

 「パンデミックが襲ったとき、彼らの職場は閉鎖し、ウェイター、床屋、ポーターなど多くの人たちの収入がなくなりました」イスタンブール市の広報ムラート・オングン氏は話す。町はシャットダウンし、新たに100万人の人たちが、市に金銭や食糧の補助申請をしました」

 しかし、貧しい人たちのために募金活動を始めようとする市の最初の試みは、中央政府との政治的いさかいによって妨げられた。

 そこで、地元のガスや水道会社を運営する市は、低収入世帯が、払うことのできない光熱費の請求書の画像を投稿し、収入の多い市民がその肩代わりをすることのできるサイトと立ち上げるというアイデアを思いついた。

 今日までに、匿名の寄贈者たちから2400万トルコリラ(340万ドル)が寄せられ、投稿された24万1000件分の請求書の4分の3の支払いが完済したという。

続く 3
逢いみての… ★ 2020/09/08(火) 01:27:06 ID:  「こうした動きは、この未曾有のパンデミックの中での、前向きな結果のひとつといえるでしょう」オングン氏は言う。

 「こうした社会の連帯は、わたしたちトルコ人が獲得した国家的DNAなのです。あとは、うまいアイデアと信頼できる方法が必要なだけです」

 イスタンブール市のウェブサイトの名前「Ask?daFatura(保留の請求書)」は、トルコおなじみの概念からきている。

 パン屋でパンをふたつ買い、困っている人が持っていけるように、ひとつは店の外に設置してある"フック"に吊るしておくという考えだ。

 このパンデミックの中、ask?da ekmek(保留のパン)という助け合いの伝統に参加するよう、消費者に呼びかけるサインが盛んにパン屋の窓に掲げられるようになり、ほかにもさまざま種類の慈善フックが登場した。

 例えば、チャンギル地区では、小さなマーケットが「食料品フック」コーナーを作り、善意ある人々が隣人のために余計に買った食料品を置いていく。

 ベイリクドゥズ市やベシクタシュ市は、「連帯フック」運動を始め、スーパーや住宅街のはずれで、食料品の入った袋をフックに下げたり、オンラインで寄付している。これら寄贈品は市の職員が困っている人たちに届ける。

 似たような話として、匿名の寄贈者が店に行き、zimem defteri(債務台帳)に 記された請求書の肩代わりをすることもある。

 オスマントルコ時代には、神聖なラマダンの月には、普通に行われていたことだといい、トルコのマスコミでも、たびたびとりあげられている。

トルコでは伝統的に慈善事業をイスラム教徒に義務づけることはありません。むしろ、純粋に困っている人を助けたい、あるいは恩送りの精神で人の輪を通じて寄付を行っているのです。
貧しい人たちとそれを支援する人を直接結び付けるわけでもありません。フック手法は、このようなつながりに一線を引きます。お腹がすいたら、いつでも食べ物が手に入りますが、誰がくれたかはわからないようになっているからです。その為、寄付を行った人に直接感謝を示す義務がないのです

 昨今のトルコでの助け合い行為が活性化した理由については諸説ある。

 イタリアの カフェ・ソスペーゾ(caffe sospeso 保留のコーヒー)という助け合い行為を真似したもので、この数十年の間に現れた新しい行為だという者もいれば、オスマントルコ時代の栄光を取り戻すための政治的意図をわざとリバイバルさせたものだという者もいる。

 しかし、研究者のセヴィーム氏は、こうした発想が、遥か昔、イスラムそのものが始まったばかりの黎明期から存在した証拠を見つけている。

イスラムの宗教書ハディスの中に、預言者ムハンマドがメディナにいた7世紀、モスクに2本の紐をかけて、そこにナツメヤシ(hurma)の束をかけておくよう指示したという話があります。
そうすれば、貧しい人々がプライドを傷つけられることなく、それを手にすることができるからです

 とセヴィーム氏は語る。

考え方はすべて同じで、これを応用して、ほかにもさまざまなバージョンが考えられます。例えば、バスに乗るときの「保留チケット」、現在進行中のパンデミックのための「保留マスク」などです。
こうした助け合い行為の名前は変わるでしょうし、そのやり方も変化していく可能性はあります。でも、これは善行の普遍的な方法なのです。「サダカの石」のように具体的な"モノ"がなくても、これによって刺激を受けた別の形で、今日でも善行を行うことができるのです

 余裕のあるものが自分の正体を明かさず、困っている誰かを助ける。助けられた人も余裕ができたら匿名で見知らぬ誰かを助ける。

 これぞまさしく「恩送り」であり、その恩が世の中をぐるぐる回ってゆくことで、心に余裕を持てる人が増え、社会に正の連鎖が出来上がっていくことだろう。

 人は一人では生きられない。地球の資源を利用できるのも誰かの尽力があるからだし、食べ物が手に入るのも、それを育て、販売してくれる人がいるからだ。感謝の気持ちを保ち続けることで、明日の地球はもっと住みやすくなっているのかもしれない。

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